とーや、猫好きになる!

 

 

 昭和のころ、泥だんご作りに熱中していた子供たちは多いと思います。いかに硬く作るか、いかに黒光りさせるか、究極の円球体を目指して、何日もかけて作り、最後はぶつけ合って、どっちが硬いかで終わる。

 

 当時は、今とはだいぶスケールが違いますが、ちょっとしたペットブーム。ペットショップなどほとんどなく、街に1件あるかないかという時代。あっても、犬猫というよりは、カブトムシや、ザリガニ、小さな熱帯魚や、小鳥の類です。手軽に飼える小鳥。

 

 どんな土がいいのか、水の配合はどのくらいがいいのか、まだまだ、未完成の頭と体を使って、校庭や、街を彷徨います。そんな中、裏庭の沈丁花の花の下で、奇跡の土を見つけました。周りの土と違いそこだけが柔らかく、優しい感覚。

 

 毎日話しかけて“ホ~・ホケキョウ”と鳴くようになったオカメインコ、きれいなのでオスかと思っていたら、卵を産んだコザクラインコ、そして数羽のこれは定番セキセイインコ。後に、オーストラリアへ引っ越していったクラスメイトからの手紙で「こっちでは日本でいうスズメがセキセイインコ、街中に飛んでいて、しかもカラスは白黒」と、知らされてうらやましく思いました。

 

 奇跡の土からは、気絶するくらい臭い、手にねっとりと着く、お土産。倒された空の鳥かごに、明けっぱなしだった台所の窓からは、たくさんの羽とわずかな血痕。

 

 以来、ぼくは「猫嫌い」になりました。

 

 海外では、生き物の立ち位置も若干こちらと違っていて、たとえばフクロウは、森の番人、何か知識者のように思われていますが、ある所では、やつが自分の真上を飛んでいくと死ぬ、とか、ヘビは縁起のいい生き物ではなく、悪魔の手先、とか。

 

 同じように、日本ではちやほやされている犬も、向こうでは,どちらかというと猫よりは嫌われていて、いい表現に使われません。ブラジルの郊外に住んでみて分かったことですが、人間の顔色をうかがいながら、何か恵んでくれないかと、うろうろしている、地区に野良犬の多いところではなおさら。発情期にはうるさいし、いたるところにお土産を置いていくしで、基本、好まれていません。

 

 まだ、祖母が生きていたころ、彼女はよく猫と話していました。ぼくの父親やその兄弟の子供たちが仕事に出た後、祖父にお茶を入れたり、掃除をしたり。そして1日の仕事がひと段落すると、夕食の準備。スーパーはその後何年も経ってからのものなので、当時はもっぱら近所の魚屋さん、お肉屋さんや八百屋さんが町民の台所です。

 

 祖母は、昼の日差しがだんだん弱くなっていくころ、いつも庭に出て髪をとかし始めます。縁側に出てきた彼女を見ると、垣根の間や隣の家の屋根の上に、猫たちがどこからともなく集まってくる。お目当ては、彼女の手にあるもの。夕食の準備で出た、魚の頭。

 

 彼女は、まず、魚の頭を持ってきて、いつもの場所に置きます。そして、一度家の中に入り手を洗って、櫛を持ってまた縁側に出てくるわけですが、その間に、魚に手を出す猫はいません。彼女が、髪を解きだすと、そろそろと寄ってきます。

 

 「おや、きょうはミケはいないのかい?」などど、彼女と猫たちの会話が始まります。その場で食べだす猫もいれば、どこか得立ち去る猫も。彼女と猫との間には、完全に侍従関係が成立していて、彼女に逆らう猫はいません。

 

 彼女は、しっかりと他の生き物たちとの接し方を知っていて、べたべたと近づくこともなく、必要以上のものを与えるわけでもなく、人生という時間をかけて、早死にの猫たちからも信頼されていた。その、行動のみで関係を築き、かつ、心では深くつながっていた。

 

 一般的に、犬と違い、猫を調教するのは難しいことですが、ここは調教というよりも掟みたいなもので、祖母に対する接し方は、おそらくは猫一家の親子関係の中でも、世代にわたり受け継がれているのではないか?と。彼女の一日のルーティンは、この近所の猫たちのルーティンでもあったわけです。

 

 すし屋や、魚屋の裏には、必ず猫たちの社会があって、野良猫たちは人間の社会とうまく共存していました。じゃんじゃん売りまくられて、結果、年間何万頭もの殺処分が行われていた狂った世の中とは違い、環境が許す最良の個体数でみな暮らしていたわけです。

 

 最近では、犬好き、猫好きが市民権を得てしまって、ペットOKのテラス席は犬だらけ、マスコットと称して、にゃーにゃー言っているレストランからは猫の匂い。昔、すし屋は裏に必ず猫の家族を扶養していましたが、店内が猫くさい店などありませんでした。個人の所有物としての存在ではなく、社会としての人間と動物の間には、もっと確かな接点があった。

 

 何十年も「猫嫌い」をやってきましたが、約3年間のブラジル移住で変わりました。どこか香ってくる昭和、頼りになる優しい隣人、泥まみれの子供たち、ある意味厳しい社会と、決められたルール、規則正しい生活、そして、正しい生と死の接し方。どれも、さっきまでは日本にもあったことと同じです。

 

 何もかも日本よりは不便なブラジルの田舎町。しかし、そこはまだ、正しい強い社会が息づいています。ベランダに出てコーヒーを飲んでいる時のとなりの屋根、夜に裏庭の塀の上からこっちを見る光る目、ネズミを追いかけているのか近くで聞こえる素早い足音…。

 

 三味線にされてざまあみろ!なんて気持ちは、もうありません。

 

 野生は、迷わない!