今から10年ほど前、友人から塩をもらいました。早速、料理に使いました。彼は大きなホテルの総料理長。僕の店の常連です。当時カウンターの上に七輪を乗せ、炭火でステーキを焼いていました。

 

「マスター、これ使ってみてよ」

 

 後日談ですが、僕の料理をたべて「塩をかえればもっとうまくなる!」と、思って持ってきてくれたのでした。二人の間にプライドや忖度はなく「ど真ん中」の意見です。そこは総料理長セレクト、間違いない塩ばかり。テキーラコロナビールもさらにおいしくなる!以来、塩にはこだわるようになり、今日までいくつもの塩と出会いました。

 

 料理長のごひいきは、ベネズエラのラム。これをふたりで飲みながら料理談話。それがベネズエラが進むに連れ、だんだんとはなしはそれて、地元のワルや、ブラジルの悪党の話に…。

 

 大所帯の親方とあって、彼の話は広く深い。ラム酒をいただいて、さらにはお金まで払っていただいて、そして僕は勉強をしているのです。すばらしい!

 

 教えてもらった塩のひとつに「マルドン」という塩があります。200年以上の伝統を持ち、昔ながらの製法で作られた、イギリスの海の塩です。これが野菜には抜群で、特に冷やしたトマトにかけて食べると最高です。野菜のポタージュや炭で焼いたかぼちゃなどにも相性がよく、やみつきになります。我が家ではデザートの金時豆の隠し味にも活躍しています。

 

 おいしい塩があると、どんどん料理は簡単に、単純なものが食べたくなります。手間と時間をかけてじっくりと作られたものもいいのですが、基本は生でいきます。いわしの刺身は塩とライム。サーモンはレモンと塩。おつまみにはこれまたおいしいバターと塩。茹で野菜にもバターと塩、炭焼きステーキは塩だけ。やがてだんだん素材にも関心が高まっていき、仕入れの際には「この塩にはアボカド、この塩にはリゾットに…」という塩梅で、買うものを塩から考えるようなってしまい、さらに買い物が楽しくなります。

 

 話はそれますが、世界ではサラダは「酢と塩」というのが定番で、日本のようにたくさんのドレッシングがあるのは珍しいほうです。どれもおいしくサラダには必須アイテムとなっていますが、このドレッシングというものは、思いのほか危険で、特に使われている油に問題があります。コレステロールが体に悪いということから、植物油を使ったものがヘルシーだと思われるようになり改良されきました。コレステロールは体に悪いものではないということがわかってきた今でも、植物油のドレッシングは安全という概念が広まっています。問題はこのサラダ油=植物油。ホルモンに影響します。食べたものは消化されアミノ酸になりますが、植物油はきれいに分解されません。つまり体にそのまま残ってしますわけです。なので、ぼくは使うのは基本的には動物性脂です。

 

 もともと、野菜は生ではなく火を通したものを食べていました。農薬が使われるようになってから、野菜の生食が始まったようです。新鮮な野菜を洗って、水を切って、ドレッシングを和えて。ヘルシーでおいしそうですが、僕は食べません。ゆでたジャガイモにバターと塩です。

 

 それともうひとつ「減塩」。塩を減らしてしまっては、生きていけません。これも日本独自の風習で、体質的な問題がある人は必要ですが、普通にしている人が減塩する必要はありません。しょっぱすぎる料理は誰も食べないですから、ひとはみな、塩加減を自分の中で持っています。まさに塩梅ですね。

 

 海外の田舎では、暮らしも食事も質素ですが、料理は手作り感にあふれています。肉や魚、野菜を買っても、日本ほどパッケージもされず、化粧箱もなく。そういえば、日本も昔は魚を買うと新聞紙に包んで持って帰ってきました。

 

      食事は、食べたい分だけではない

      食べられる分だけつくるんだ

 

 大量生産されたものをまとめ買いするのではなく、必要な分だけ買う。なくなったら、また買いに行く。その分、運動にもなるし人との会話も増える。日々、買い物に行ける時間を作るほうが、残業で稼ぐよりはるかに暮らしの質は濃い。

 

 食卓では、日々いろいろな料理がのりますが、常に置いてあるものが塩。よく体を動かした後には、強い味のものが食べたい。病気のときは薄味でやわらかいものを少量。便利さを求めて、どんどん楽になっていく生活に、田舎が警告を鳴らしてくれています。