イタパリカ島。

 

 ブラジル北東部のバイ―ア州。リオ、サンパウロに並ぶ有名な都市で、その昔、アフリカからの奴隷船が着いた南米の玄関口という歴史もあり、食べ物や文化、人種や宗教は独特のものがあります。

 

 州都サルバドール。現在、ブラジルの首都はブラジリアですが、前リオデジャネイロ、そして、その前はここサルバドールが首都でした。黒人の多い街中には、奴隷船時代の資料館や建物など、やはりリオにはない魅力満載で、特に料理も含めた文化、音楽で有名です。ブラジル音楽に興味を持った人ならだれでも知っているミュージシャンたちも、この街の出身者がたくさんいます。

 

 バイ―アから音楽家たちはリオ、サンパウロに広がり、やがては世界でも名をはせるようになりました。ブラジル音楽をたどっていくと、行先はアフリカに向いてしまうのも、こういった理由からです。北ルートで北米ではニューオーリンズのジャズ、ブルース。中米ルートはレゲエなどのカリブ海音楽、そして、ブラジルのサンバ。

 

 音楽と一緒に、宗教や踊りや、そして、バイ―ア独特の料理。好みや、合う、合わないはありますが、一度行ったらやめられない、素晴らしいところです。暗く、つらい奴隷制ですが、いかに商人といえども彼らの心までは支配できなかった。

 

 悪徳商人たちは、その後、武器を売ったり、金融を支配したりと、常に人の犠牲の上に阿漕な生計を立てていますが、アフリカから来た音楽は世界中の人々を幸せな気分で満たしています。

 

 サルバドールの船着場から、小さな船が出ています。行先は「イタパリカ島」。ここに、ドナ・イザウラという女性がいます。ぼくが、リオに住んでいたころ、同じアパートに住む、懇意にしていた家族の女将さんがこの人の娘。彼女が体調を崩した時、一時、リオに一緒に住んでいました。

 

 ふらふらと過ごしていたぼくは、もっぱら買い物役で、ドナ・イザウラの注文を買ってくるのが日課です。なんといっても、この家族が作る料理はバイ―アそのもの。とにかくうまい!本場どうりの同じ味、香り、そして、言葉のアクセント。

 

 その数年後に、リオからバスで一日以上かけて、娘一家とドナ・イザウラを訪ねました。サルバドールのバスターミナルにつき、まずは、市内に住む彼女の兄弟の家に寄り数日。やはり、ガイドは地元の人が最高で、これぞ、バイ―アというところを堪能します。

 

 そして、船に乗ってイタパリカ島へ。市街地とは一転し、あまりコンクリートに覆われていない、まさに南の島です。そこら中に果物が生り、道端でBBQしている人、焼いているのは何か大きな魚。

 

 ドナ・イザウラの家は素朴な一軒家。周りにも家々がありますが、木々も多く、ものすごい蚊に慣れるまで数日かかります。そして、夜にはタランチュラ。ソファーの下からのそのそ出てきます。あとでわかったことですが、この蜘蛛には危険な毒はなく、見た目でずいぶん勘違いされている生き物の一つです。

 

 昼間、島の中を歩いていると、ひょい、と手を伸ばし、木になっているフルーツをつまむ。ドナ・イザウラの庭にはたくさんのマンゴー。夜、テーブルで話をしている人の頭の上には、蚊が渦を巻いて飛んでいる「蚊島」ができています。

 

 夜、この島にはほとんど街灯がありません。真っ暗闇の中を、月明かりだけで歩きます。月のない夜に、暗くなってから石につまづかないで歩けるようになるには、これも、慣れるまでなかなかに時間がかかります。色の黒い人は、本当に闇の中から「ぬぅっ」と、突然現れたり。

 

 リオしか知らなかったぼくは、バイ―アに強烈な印象を受け、以降、ブラジルに行くと、最後の数週間はここで過ごすようになりました。市内に宿をとり、アフリカ文化を継承しているブロコという組織を訪ね、公園に面した知り合いの炭焼き屋で一杯やったりしながら、ちょくちょくイタパリカ行きの船に乗って。

 

 そして、最後に寄るのがホテル「オットン・パレス」。ふと知り合った浅草サンバの代表にお勧めしてもらったのがきっかけで、このホテルを使うようになりました。なんといっても、プールの中にバーがあるのが魅力です。今となっては、世界のホテル事情もだいぶ変わりましたが、当時、いいホテル・宿というのは、探さないとなかなか巡り合えませんでした。これが、ぼくのバイ―アのルーティンです。

 

 あれから、四半世紀。孫からビデオメッセージが届きました。移っているのは「ドナ・イザウラ」。百歳を超えて、島一番の長寿者に。島の入り口には、彼女のために作られた大きな幕や旗が並んでいます。大勢の人達に囲まれ、島民から祝福を受けているドナ。役場の職員も総動員してお祭りです。

 

 蚊島の下で、クモを踏まないように暮らすドナ・イザウラ。

 

 たくさんの人達に、たくさんのことを、教え、話し、聞いて、

 今日も朝のコーヒーから彼女の一日が始まる。

 

 もちろん、ここはブラジル。

 コーヒーにはたっぷりの砂糖とミルク、

 パンには自家製のマンゴージャムで。

 

 ドナ・イザウラの「百何回目?かのカーニバル」が始まります。

 

 ボンジーア、ドナ・イザウラ!