万歳エアポート

 いつもと同じ朝、テーブルにはコーヒーとミルク、女将手造りのパパイアジャムとパン。太陽はまだ低く、海は穏やかだった。そろそろ、街のみんなは海に出てくる頃だ。ここはピットゥーバ。ブラジル北東部のバイ-ア州都「サルバドール」の市外、海に沿って、美しい海岸線が並ぶ、街の中心から少し北へ上った街。その先には、歌にもなった「イタポアン・ビーチ」がある。にぎやかな場所も大型店もなく、地元の人が多い浜だ。日が暮れて、街が完全に夜の闇に包まれる頃になると、通り沿いの街灯の下には、肌もあらわな女性(?)たちが、どこからともなく沸いてくる。

 

 朝食を終え、一服がてら海辺を歩く。大音量で音楽を流しながら、海岸通りを走る車からは国旗がゆれている。ピックアップトラックの荷台には、ビキニ姿のお姉さんたち。よく焼けた自慢の身体を浜風にさらしている。ビキニの色は、もちろん緑と黄色。黒髪をなびかせ、腰を振り、リズムに乗っている。今日ばかりは、クラクションもうるさくない。

 

ロマーリオベベット、ブランコ、ライー、ドゥンガ、鉄壁の布陣で挑む、最強のチームの試合が、まもなく始まる。海辺にいた人たちも、だんだんと減り、家路へと向かっていった。セナの死から立ち直ろうと、選手も民も、国中が何かひとつの思いに包まれている。

 

 朝の仕事を終えた早起きの女将と主人は、いつもの昼休憩に入り、門番のサンタナと数人のパートの人たちが、残った仕事を片付けている。もうすぐ、家に帰ってTVを見るのだろう。今日は学校も役場もやっていないさ。明日はRIOから東京へ向かう。なるべく考えたくはないが、ついつい、仕事のことを考えてしまう。日本を思うときはいつもそうだ。ガーリックチキン、黒豆、ハムとチーズのサンドウィッチ、フルーツジュース、やっぱり〆はアサイーだ。などと、ひとつ深呼吸をして、明日、RIOでなにを食べようか?などと考えている。この半年、いつも一緒だったスーツケースを横に、ロビーでくつろぐ。

 

「試合開始までには、まだ時間がある。そのうち来るさ」

 

 と、サンタナは言うが、いささか、呼んだはずのタクシーが遅れている。いやな予感がする。時間と、金の約束は「してはいけない」のが、この国のルールだ。今日のRIO行きの飛行機に乗らないと、明日の東京行きの便には間に合わない。

 

あっ!

 

 あわてて、他のタクシーを当たるも、運転手は、みな出はらっていて、いない。というより、出勤していなくて、早い話がバックレていて、電話にすら出ないところも。うかつだった。こうなれば、まともに探しても見つからない。もはや、タクシーに限らず、車なら何でもいい。キックオフの時間が近づいている。頼みのサントスも、すでに受付にはいない。

 

「今日の試合なんて、オープン戦でしょ?ワールドカップは、決勝トーナメントに入ってからよっ!」

 

あなたが、いてくれてよかった!いつも、よく裏庭で話をしたフェルナンダが、これから帰るところだった。彼女の家は空港の手前だが、

 

「いいわよ、乗っけってってあげる」

 

たっぷりとチップを払い「また会おう」と、約束する。来年の今頃、僕は、ここにいるだろうから、きっと会えるフェルナンダ。いいお土産を持ってきてあげよう!

 

 空港に着くと、すべて順調。あれだけあわてていたのがウソのようだ。シーズンオフということもあって、そんなに混んでもいない。ここぞ、とばかりにANTARTICAの生ビールを飲む。RIOではBRAHMAが主流で、ANTARTICA CHOPPは、僕の行くところでは、ここでしか飲めない。不安と緊張から開放されたあとの、ほっと一息。美味い!いい街だ。空は青く、あちこちで音楽が流れ、人々は歌い、踊り、料理は香辛料をふんだんに使い、アフリカへのリスペクトを常に忘れない。味や気候はこんなにパンチが効いているにもかかわらず、人々の話し方は、やさしい。あまり大声は出さず、ときに囁くように話す。着々と、テイクオフの時間が進んでいる。

 

 空港にいる人たちは皆そうだけど、チラチラと、フライトボードに目をやりながら時間をつぶしている。GIG(RIO)の文字を探す。さっきから、あまり変わってはいない。サルバドールは国際空港ではあるものの、規模は小さく、こじんまりとしている。今日は、遅れている便が多いようだ。

 

ゲートがオープンして、登場ロビーへと進む。

そろそろ、時間だが、あまりロビーに動きはない。

 

TVがあればな。

試合はどうなんだろう?

スタッフも、いつもよりすくないような、

 

RIO行きの飛行機が遅れる)というアナウンスが流れる。

 

ややっ・・・!

 

ブラジルが誇る、優秀なパイロットたちは、どこへいったんだろう・・・?