ノムさん。
高校を卒業し、大阪の調理師学校へ行きました。学費捻出のため、産経新聞で住み込み新聞配達をしながら、はじめての一人暮らしです。確か、朝日新聞社の中の島ホールというところで入学式があり、包丁式という見慣れないものを見て、そこで、講演をしてくれたのが、ノムさん、野村克也さんです。
プロ野球選手というのはいつもそうで、テレビで見ているよりも、実際に見ると本当に大きく見えます。「小太りのたぬきおやじ」という印象でしたが、スラっとしていて、スーツ姿が決まっていました。
ご自身も、かつて新聞配達をしていたという話をされ、ぼくもさっきまで野球部だったので、ノムさんの話に聞き入っていました。途中、講義を聞かずに話をしている入学生を見ると、
「おいっ、そこの話しているやつら。聞きたくないなら出て行け!」
と、一喝されたのが、とても印象に残っています。包丁も握ったことのない小僧に、プロ中のプロが話をしているわけです。これから、君たちはプロの世界で生きていくんだ。怠けた気持ちは持つなよ、真剣に生きろ!と、ノムさんの忠告を、ことあるごとに思い出します。
南海時代の至極の「ささやき」
ホームベースを均しながら
「おまえ、きのう飲みに行ったろ!」
囁かれたバッターは、すでに心そこにあらず。
実況「ピッチャー、第一球を投げました。ボール!ピッチャー、
首をかしげてい ます。きわどい判定でしたね、今のはボールでしたか?」
ノムさん「いやぁ、こりゃもう見え見えの敬遠じゃい」
実況「えっ?」
ノムさん「大根役者やね」
実況「・・・」
テレビやラジオでは、どことなく、やさしいたぬきおやじのように見えますが、入学式の時、あのノムさんの厳しいところが頭から離れません。
東京のレストランに就職し、神宮球場へはよく行きました。ぼくはヤクルトファンです。就任2年目のセ・リーグ優勝。古田、広沢、そしてハウエル。ライトスタンドには岡田さん。西武との日本シリーズは最終第7銭戦までもつれ、延長戦の末、無念の惨敗。しかし、翌年の日本シリーズで西武にリベンジ。
このころから、日の当たらないパリーグで月見草だったノムさんが、ヒマワリの咲く表舞台の常連となりました。それはそれで、やっぱり華のある人物なので、見ごたえ十分です。
数字にも、記憶にも残る名プレイヤー、ノムさん。