丘に昇る太陽(リオ、2月、カーニバル)

 

 2月はカーニバル。練習にも熱が入り、週末はサンバ漬け。中心街の劇場では、各チームの歌合戦コンサートも行われ、安いチケットに大勢の人が観戦します。テレビも毎日、コマーシャルのたびに流れるスペシャルチームの曲に、みんな、サビだけなら全チーム歌えるくらいに。

 

 このころになると、衣装も山車もだんだんと完成形に近づいてきて、それらしくなってきます。歌の歌詞を覚えていないのは、最近街に来た人だけ。年末あたりには、何とも言えない作業効率のせいか「これ、ほんとうに終わるんだろうか?」と思っていましたが、そこはブラジル時間、だんだんと帳尻が合ってきました。

 

 各チーム間は横のつながりもあり、練習を見に行ったり、見に来たり、サンバ界の交流はこの時期とくに盛んになります。とはいえ、我々のチーム「ホッシーニャ」は5軍。トップチームほど華やかではありませんが、の割には、サンバ界の大御所たちが連日のように、練習や作業所に顔を出しています。なにしろ大所帯のスラム街なので、(いよいよホッシーニャが出てきたか…、)という空気が、街中に。

 

 出来上がった自分の衣装をとって、各自、自宅へと。あれだけ物であふれかえっていた作業場も、今はほぼ、もぬけの殻。それなりに大変だった衣装づくりを思い出し「それにしてもよくやったもんだ」と、ブラジル人の仕事ぶりに感服です。がらりとした作業場、兵どもが…といった感じですが、夢はこれから始まります。

 

 カーニバルの日。

 

 スラム街の中腹には、大きなバス係留場があって、このバスを貸し切って、パレード場へと向かう。皆、それぞれ衣装を手に持ったり、すでに着飾っていたり。バスが動き出すと、祭りはもう始まっているような騒ぎ。そもそも、どこへ向かっているのか?何時から始まるのか?ぼくには全然わかりません。パンツ一丁で、衣装を担いで、バスの中で歌っているのです。

 

 バスが向かう方向から、有名なパレード会場とは逆の方へ向かっています。海辺の通りから内陸方面に入り、少しすると、何やら衣装を着た人たちがすでに大勢集まっています。着いた。

 

 ここは、通りもなく、観客席もありません。ただの広場、だだっ広い広場。怪しい煙立ち上る中、楽器の調整をしてリ、飲んでいたり、本番に向け、各々方、スクランブルです。たくさんの人がいますが、どこからスタートするのか?すらわかりません。こう、人混みの中に入ると、自分のチームがどこにいるのか?

 

 「おいっ、こっちだ!こっち、こっち!」

 

 我がチームのコーチがぼくを呼びます。見ると、周りには同じ衣装の団体が。何とか一安心。そっと、たばこを一本出して、一服。うかつに箱ごと出すと、みんなに取られてしまうので…。なにせ「パンツ一丁」出勤なので、たばこ一つ入れ場所に困っています。そこへ、ぼくのたばこを取って吸い始めたエルザ姉さん、胸の谷間からお金を出して、

 

「ビール買ってきて、1本はあんたに!」

「ブラボー!」

 

 女性は、若干、男たちよりも「物を入れるスペース」が多いですもんね。

 

 手にもった衣装を身に着けます。バテリアと呼ばれる太鼓部隊が、リハーサルがてら太鼓をたたきだします。一気にボルテージは最高潮に。最後に冠を被った瞬間、ぼくにもスイッチが入りました。エンジン全開です。恥ずかしいとか、そういったすべての気持ちが吹っ飛んで「よっしゃー、やったるでぇー!」です。

 

 つらいこと、悲しいこと、家賃の支払い、明日のごはん…、すべて忘れて、サンバが始まります。猛烈に人をプッシュするバテリア。そのリズムは強烈で、太鼓の振動が骨まで響きます。サンバチームでバテリアは花形のポジションで、チームから選ばれたプレイヤーのみが、この中に入れます。

 

 チジューカの空にホッシーニャのサンバが響き、千人を超えるメンバーが一斉に歌いだし、行列は前へと進む。ほかのチームは数百人だというから、いかにホッシーニャが巨大なチームかわかります。真剣なのは、コーチ陣。審査の対象に時間というものがあり、列の最終部分が、ゴール地点を通過した時のタイムが、オーバーしたりすると減点です。

 

 参加者は、歌って踊って騒いでいるので、時間など気にしていません。なので、コーチ陣は、タイムテーブルどおりに更新が進行しているか、常に見張っています。前のめりになってどんどん進んでいく人を制止したり、踊りに夢中になって、進むのを忘れちゃった人をけしかけたり。

 

 数時間後。ホッシーニャのホットドッグ・スタンド。数本残ったタバコを吸って、これまた若干残ったお金で、それなりに疲れ切った面々が、大盛りのホットドッグにかぶりついています。ホットドッグ屋の彼も、作業場で一緒だった彼です。パレードには参加せず、ここで一晩中、ひとりで仕事をしていました。ぼくら、ホッシーニャの祭りは終わった。

 

こんな日に、ホッシーニャの丘は眠りません。だんだんと空が明るくなってきて、次々と会場から参加者たちが帰ってきます。イパネマの方から太陽が昇る。

 

 世界の人々が知る「リオのカーニバル」。同じ時に、だれも知らない場所で、パレードが行われている。これこそが、商業化されていない、本当のカーニバルという人もいます。リオだけではなく、ブラジル中の街々で、行われているカーニバル。今しばらく、続きます。

 

 

わがままや理不尽に付き合うな

いなくてもいい連中だ。

 

 

 リオでは、カーニバル明けの水曜日に、審査結果が発表されます。スペシャルチームはテレビ各局が、ホッシーニャのようなクラスでは、ラジオのサンバチャンネルが生放送で伝えます。それぞれのチームの要所にはたくさんのメンバーが、固唾をのんで待機。発表の瞬間を待っています。

 

 ホッシーニャは5軍で優勝、素晴らしい行進で、ひとつ飛び級して、来年は3軍での参戦となりました。会場は、リオの目抜き通り「Avenida RIO BRANCO」。

 

 ブラジル好きの人ならば誰もが知っている映画「黒いオルフェ」の舞台となったあの通りです。いよいよ、リオのカーニバルに参戦したホッシーニャが、産声を高らかに上げました。