セニョール&ドナ

 炎天下の昼下がり、家々の玄関は閉まり、家の中には人の気配があるものの、通りに人影はない。この時間は、暑すぎて、店は閉まり、誰も外に出ない。歩いていると、家の中からの視線を感じ、通り過ぎると、クスクスと笑い声。ここはブラジルの北東部、郊外の小さな町。こんなところでは、うわさの広まるのは早く、街の人たちは、本人が来る前からささやいている。僕らは、この街で始めての日本人。夕方、涼しくなると、人々は皆、デッキチェアーを家の前に出し、女たちを中心に「夜の会議」が始まる。ちょっとカッシャーサをひっかけ、勇気を出し、僕に声をかけてくる、

「おい、中国人!あんたは本当にイヌを喰うのか?」

その度、

「俺は日本人だ、イヌは食べない」

 

人と会うたびに、僕はいつも声をかけていた。

「こんにちは、○○さん」

「こんばんは、○○さん」

 まっすぐに正面を向いて。身体は日に日に締まっていき、肌も現地仕様になった。こんな暮らしが3年、通りなれた道を歩くと、人々は笑顔で話しかけてくる。

「こんにちは、セニョール MASSA!」

「こんにちは、ドナ・マリーア!腰の調子はどうだい?」

 

 今、日本で同じ経験をしている。何十年ぶりかで「勤め人」になったが、町や、職場では「挨拶の出来ない人たち」に驚いている。電車、車、店、改札、若い家族、走っている人、犬・・・。つつけばキレそうなひとばかり。横並びの集団となり、皆どこへ向かっているんだろう?そのせいか、わかっている人は見つけやすくなった。公園の遊具を善意で毎日掃除している人、声をかけてくれる初めて会った人、凛とした犬。

 

 ちいさなマリアちゃんは、街の娘マリアさんになり、母になり、孫が産まれ、やがて「ドナ・マリーア」になる。ぐるぐる回る地球の上で、今日もまた、新しいマリアちゃんが産まれる。

 

ここしばらくは、都会での暮らしが続く。